イハルは早朝に、城を出て、走っていた。
あまり遅い時間にでると、どうしても魔獣や同族に見つかってしまう可能性が高くなるからである。
たたたたたたっ!
イハルの足は、病的とも感じられる細身からは予想できない程早かった。
(…この調子なら、昼前までには、アセリュイ村の辺りまで…行けるか…。)
走りながら考える。
アセリュイ村とは、ラ・セラトゥルの外れにある村で、唯一狂族の被害にあっていない所
だ。
平和な村だと、聞いていた。
しかし、イハルは、絶望的な光景を目にしたのだった。
ざぁぁぁっ…
昼になる頃、イハルはアセリュイ村についたが…其処で見たのは、燃え尽きた廃虚の村だ
った。
消火死体は転がり、黒く黒く染まった村。
「…此処が…アセリュイ村…?」
かしゃり、と音を立てて足を進めて、村の中へと入っていく。信じられない光景の数々を
目に留めながら、ゆっくりと歩いていく。どうやら、助かったところはなさそうだ。
「おや…。…何方か、居るのですか?」
ざっ!
声がした。
イハルは途端に戦闘態勢をとる。これもレァツライに教えられたことなのだが。
そのまま目を細め、ゆっくりと前を見る。
其処には、全身を漆黒のローブを纏い、更に不思議な模様が淵に刻まれたフードを深く降
ろし、顔を隠している、見える素肌は赤い唇が印象的な恐ろしく形のいい口元のみの、身
長190Cmはあるだろう、男だった。
「…おやおや、いきなり戦闘態勢をとることはないでしょうに、お嬢さん。」
にぃ、と、唇の端をつり上げ、男は笑う。
「……こんな所で、声をかけられれば、誰だってとるだろう…。」
イハルは警戒を怠らないまま、軽く返答をする。
「…そうですかねぇ。」
男は口元に笑みを浮かべたまま、イハルに近づく。
近づかれているのを見た瞬間、本格的に戦闘…いや、格闘の構えをして、周囲に神経を張
り巡らせる。
(…この男、何か異様だ…!)
久々に味わう、緊張感と恐怖感。
別に男が何をしたわけでもない。ただ、微かに笑って近づいてきているだけだ。
しかし、その行動だけでも、イハルに緊張感と恐怖感を与える程の何かが、男にはあるの
だろう。
ひゅんッ…
軽い音が鳴ったかと思うと、イハルの視界から男の姿が消える。
「…ッ。……な…っ!?」
いきなりの事態に、イハルは目を丸くし、驚く。そして、すぐに周囲から気配を感じ取ろ
うとする。しかし…
(…駄目だ…。…周囲に気配すら、ない…!)
緊張感と恐怖感に、焦りが混じるほど、男の気配は微塵も感じられなかった。
「其処まで警戒しなくとも、危害は加えませんよ。」
ぐいっ!
男の声が聞こえたかと思うと、後ろから首を固定するように腕を回され、もう片方の手で
手首を押さえられ、戦闘態勢を解除される。
「…な…何時の間にッ…!」
あまりにも突然の事に、目を丸くするイハル。
「何時の間に、と言われましても…私は普通にしただけですよ?」
くすくすと効果音がつきそうな笑みを浮かべながら、男は言う。
「…。……お前は誰だ。」
イハルは冷たい声で、問い掛けた。
「私?…私は…」
男はイハルを離し、3,4歩後退し、軽く会釈をしつつ、こう続けた
「…アズベール、と、申します…。以後、お見知り置きを。」
イハルは男…アズベールの方を向き、自らも2,3歩下がり、こういった。
「……イハル。…イハル=ストレイン…。」
狂族の姓を自ら名乗るのは、ラ・セラトゥルの中では自殺行為だと、イハル自身もよく知
っているはずなのに、何故か、自然に口から言葉が出てしまった。
はっと我に返り、口を覆い隠すように押さえ、アズベールを見る。
「…矢張り、ストレインのお嬢さんでしたか。」
まるで知ってましたよ、と、言わんばかりの言葉を発するアズベール。
その言葉を聞き、イハルは更にバックステップで、アズベールと5m程間をあけ、何時で
も対応できるように軽く構える。
「…1つ、訪ねても宜しいでしょうか?」
そんなイハルの行動に動じず、反応も示さず、アズベールは言う。
「…。……。…答えられる範囲なら答える…。」
イハルは少し間を開けて、そう答えた。
「何故、ストレインの貴方が此処にいらっしゃるのです? 予測が付かないわけではない
ですが、確認を。」
口元を抑えて、此方を見てくる(と、行っても目はフードに隠れて見えないが) アズベ
ールに、警戒態勢をとりながら、とあることを考える。
『こいつに話して大丈夫なのか?』と言うコトだ。
何故か、アズベールに話しても大丈夫な気がイハルはしているが、あくまでそれは気でし
かない。証拠も何もあるわけではない。
「…。……それは…。」
(……!!)
ふと我に返ったときにはもう遅く、イハルの口は動き出していた。
仕方がないと思い、今までのコトを話し始める。
ストレインの城で思ったことや、反逆するために考えたことの数々を話した。
「…成る程。そう言う事ですか…。…」
話が終わった後、アズベールは納得したような声をあげた。
イハルは怖かった。この絵対の知れない男が敵になるか、傍観者になるかの2択かと思う
と、今にも逃げたしたくなるほどだった。
「…イハルさんも、大変なんですねぇ。」
同情するかのような声を発し、アズベールはこっちを見据えるかのように向いた。
「…。…名前で呼ぶことを、許可した覚えはないぞ。」
イハルはきぱっとその言葉を斬り捨てて、睨むようにアズベールを見る。
「許可も何も、姓で呼ばれたくはないでしょう?」
「…。…確かにその通りだが…。……。」
さらっと本心をつかれて、続ける言葉を無くし、顔を俯かせ地面を見る。地面には、焦げ
た土が風で少し動いていた。
続いて空を見る。
空は青く、雲が流れ、一点の曇りもないように見えた。
地面とは反対の光景。
「…。…なぁ……」
暫く間をおいてから、空をみつつ、アズベールに声をかける。
「はい、何でしょうか?」
「……もし、私がお前に仲間になって欲しい、と言ったら、どうする?」
軽く苦笑し、アズベールに視線を向けるイハル。
すると、アズベールは…
「私は、構いませんよ?」
「……。……え……?」
ほぼ即答で、アズベールはイハルに答えを返した。
あまりの決断力の早さに、素っ頓狂な声をあげる。
「だから、私は構いませんよ、と。」
「いや、でも、即答…。」
頭を片手で押さえ、頭痛が来そうな感覚に耐えて、アズベールに言葉を返す。
「即答がポリシーですからね、私は。」
にぃ、と唇の端をつり上げて、アズベールは笑う。
「…。………。……じゃあ…頼む…。」
自分から言い出したことなだけに、断る理由もない。寧ろ好都合なので、イハルは頼むこ
とにした。
「えぇ、宜敷お願いしますね、イハルさん。」
口元が笑ったままではあるが、アズベールはイハルの方に手を差しだした。
「…。…あぁ、宜敷な…。」
軽くその手をとり、イハルは歩き始める。
リードするかのようにアズベールも歩き…もとい、低空で飛びながら移動を始める。
イハルに、思わぬ強い味方が出来た日だった。
(アズ:はは。きまぐれでしたけどね(爆)以上ハムのいたずらw本編とは関係ありませんよw
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